さよならテレビ: ドキュメンタリーを撮るということ (976) (平凡社新書 976) | 阿武野 勝彦 | Amazon
『さよならテレビ』をはじめ、『人生フルーツ』『ヤクザと憲法』『ホームレス理事長』『神宮希林』など話題作を世に送り出してきたテレビ界の異才が「未来の表現者」へおくる体験的ドキュメンタリー論。
~ もくじ ~
プロローグ
第1章 テレビマンとは何者か
第2章 大事なのは、誰と仕事をするか
第3章 表現とタブー
第4章 放送は常に未完である
第5章 世の中には理解不能な現実がある
第6章 ドキュメンタリーを、誰が求めているのか
第7章 「ダメモト」が表現世界を開く──〈司法シリーズ〉のこと
第8章 「ドキュメンタリー・ドラマ」とは何か
第9章 あの時から、ドキュメンタリーは閉塞した世界だった
第10章 題材は探すのではなく、出会うもの
第11章 組織の中の職人は茨の道
第12章 「わかりやすさ」という病
第13章 樹木希林ふたたび
エピローグ
~ なるほどな一文 ~
異物を取り除き、均質化を求め続けてきた私たちの社会。戦後、ひたすら清潔さを追い求め、無臭化、無菌化に突き進んできた。誰もが違和感を持っていると思うのだが、キレイは否定できないし、脅威は取り除きたい。だから、この流れは簡単に止まらない。
一方、不祥事を起こしたり、批判されることを恐れ、「安心・安全」を仕事の上位概念に位置付けてしまったテレビ。自由に表現を繰り出す困難さが、日に日に進行している。(P93)
~ もう一つなるほどな一文 ~
理想より現実。過程より結果。内容より視聴率。これではもはや詐欺師に近いような情報商人に落ちていく。(P347)
これで、、、2007年07月13日以降(5127日)、、、
読んだ本 1114冊 (1日平均0.22冊)
読んだページ 271657ページ(1日平均52ページ)
atasinti - 読書メーター
テレビの現場にいる人によるテレビ内部の問題を取り上げた本かと思ったら、『さよならテレビ』というドキュメンタリー番組を始めとした筆者がこれまで携わってきた数々のドキュメンタリー番組の振り返り。自慢話のようにも聞こえる内容で、ちょっとがっかり。
エピローグに誰もが思っていることと同じことが書いてあるだけ・・・
でも、これはこれで面白い内容ではありました。
テレビ局の人がまるで自分たちが特権階級のような考え方をしてしまうのがなぜなのかも少しわかった気がします。
しかしテレビ黎明期の頃とはもう社会のありようもかわっているのです。
そのことに気が付かないテレビマンが多いのが一番の問題なのかなぁ・・・
しーゆー。
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